『筑前国続風土記』解題
福岡藩に仕えた儒学者である貝原益軒(1630-1714)が編纂した筑前国の地誌。全30巻。成立の背景には中国の『大明一統志』の存在、『会津風土記』その他、他藩先行の地誌編纂の影響などがあり、奈良時代の『風土記』にならって、政治の一助となることを願い、徹底的な現地調査によって、編纂されたものである。
益軒は、かねてから福岡藩に地誌編纂の請願を行い、元禄元年(1688)に地誌編纂の認可が下りたため、甥(兄の楽軒の子)の貝原好古(1664-1700)を連れて領内を巡歴した。この年は怡土、志摩、ついで御笠、下座、上座の諸郡を廻った。元禄3年には福岡・博多の諸寺の故実を調査し、早良、那珂、御笠、粕屋の諸郡を巡り、さらに粕屋、宗像、遠賀、鞍手、嘉麻、穂波の諸郡を廻った。
益軒は、これらの実地調査で得た資料と京都遊学以来蒐集した資料を好古に託し、好古は自ら集めたものを加えて14郡の草稿を作り、しばしば改編した。それを益軒とその高弟の竹田定直(春庵)(1661-1745)が校正し、益軒が校閲した。元禄5年に再び好古を連れて西方の諸郡を廻った。同年に春庵から益軒が校正済の17冊を受け取ったことが知られ、すでに全体の半分以上の草稿が作成されていたようである。校正した草稿は、益軒の門人で支藩の直方藩出身の末永虚舟(1635-1729)が清書した。
宗像郡を除く14郡と土産考の草稿を執筆した好古は、元禄13年(1700)に37歳の若さで早世した。益軒は悲嘆に暮れつつも、同14~15年に春庵の助力を得て改正を加え、同16年に再確認の必要から上座郡、ついで志摩、怡土郡を巡り、同年11月に藩主黒田綱政に献上した。これが28巻本と呼ばれるものである。
その後も、益軒は本書に訂正を加え、宝永6年(1709)に最終的な本を献上した。これが30巻本と呼ばれるもので、提要が2巻に分かれ、早良郡が上下2巻となったことによって巻数が増えたほか、全体にわたって項目や記事の増補が行われている。その詳細な相違と編纂過程との関係、現存する諸写本の分類とそれぞれの祖本の成立との関係は、一瀬智氏による解説「『筑前国続風土記』の写本分類について」を参照いただきたい。
本書の構成は、30巻本によれば、提要2巻、福岡・博多を含め郡記21巻、古城古戦場記5巻、土産考2巻からなる。提要は、まず筑前国の歴史的概観から始めて郡高・村高・民戸数・人数等々に多くの統計資料を引用し、ついで河川・山野等の地理的概観や特色にわたる豊富な記載がある。例えば外国からの侵入を防ぐための防塁や筑紫探題などの史実も見ることができる。巻3、巻4には、福岡城やその城下の由来や状況、博多の歴史や各地の状況、寺院や神社について丹念に記す。巻5から巻23までの各郡誌には、それぞれの地名が過去の文献資料のどれに記載されているかを挙げ、各旧跡については旧跡になった歴史が述べられ、寺院や神社には建立の経緯が記録されている。しかも考古学的遺物への関心が深く、かなり詳細に記されている。
古代大宰府に関する研究も益軒の『筑前国続風土記』を嚆矢とすると評されるところである。すなわち益軒は、大宰府跡や水城跡、大野城跡など現地に赴いて記録を残し、実証的な研究を行っている。大宰府政庁跡では礎石を調査し、「大門」「大厦」「都府楼(正殿跡のこと)」等、具体的に建物を比定し、都府楼跡には30個の礎石があると述べているのである。
郡志についで巻24から巻28までは、古城・古戦場が記されている。例えば、25巻の下座郡休松古城の項では、永禄10年(1567)に秋月種実と大友家とが兵を率いて戦ったことが記されているが、合戦の状況、合戦のあとに討ち死にした人名、首を埋めた塚の場所なども述べられている。
巻29、巻30の土産考は、醸造類・製薬類・土石類・禽鳥類・河魚類・海魚類・海藻類・樹木類などから成る。これらのものの産する場所、入手方法、それぞれの特質、その他について詳細に記されている。土産考は、現在における筑前の地方産物や産業の歴史だけでなく、生物や動植物の生態にまで及んでいる。竹田本にある巻31は春庵が加えた拾遺である。
本書および、改訂を重ねて宝永元年(1704)に完成した藩史といえる『黒田家譜』の編纂には、ともに藩の文治政策の推進者で、3代藩主光之の信頼深く、益軒とも藩士として、また学問を介して関係深かった家老の立花実山(1655-1708)が関与していた。両書によって福岡藩は領域筑前を歴史的・空間的に的確・精密に把握でき、その文治的支配の基礎資料を整えたのである。なお福岡藩では以後、藩史(黒田氏の家譜)の編纂は儒学者竹田氏の手により、地誌の編纂は国学者の手によってなされて行く。益軒の学問は竹田氏を通じて藩の学問として継承され、『筑前国続風土記』は、その後に続く筑前の地誌編纂の根源となったのである。
【参考文献】
井上忠『人物叢書 貝原益軒』吉川弘文館、1963年
西日本文化協会編『福岡県史 通史編 福岡藩 文化(上)』福岡県、1993年
ふくおか人物誌編集委員会編著、岡田武彦監修『ふくおか人物誌〔1〕貝原益軒』西日本新聞社、1993年
『筑前国続風土記』 31冊
貝原益軒・貝原好古撰 竹田定直校訂
江戸時代・宝永6年(1709)
竹田家旧蔵 大野城市所蔵
福岡県立図書館写真提供